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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12号 判決 1998年1月20日

原告

尾留川祐規

被告

竹下浩平

主文

一  被告は、原告に対し、金一八〇万八六二六円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告の負担とし、その余は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、一三七七万六九三七円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、歩道を歩行中、交通事故に遭って被害を受けた原告が、加害車両の運転者である被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実」等という。)

1  本件交通事故の発生

原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、頭部打撲、頸椎捻挫、左膝部・胸部打撲傷、外傷性上右二門歯動揺等の傷害を受けた。

事故の日時 平成三年七月六日午前八時二〇分ころ

事故の場所 千葉県千葉市稲毛区黒砂台三丁目四番二六号先路上(以下、同道路を「本件道路」という。)

加害車両 普通貨物自動車(千葉四〇め六六一四)

右運転者 被告

事故の態様 加害車両がセンターラインを越えて歩道に乗り上げ、歩道を歩行中の原告に衝突した。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、人損につき自賠法三条に基づき、また、被告には速度超過、ハンドル操作不適切等の過失があるから、物損につき民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  本件の争点(原告の損害額)

1  原告の主張

(一) 治療費 七万七七一〇円

平成四年一一月分から平成六年一二月分までの自己負担分

(二) 温泉治療費(交通費、宿泊費等を含む。) 一六万八五〇三円

(1) 平成三年七月二五日から同年八月四日まで

(2) 平成四年三月一三日から同月二一日まで

(三) 付添看護費 一〇万二〇〇〇円

(四) 入院雑費 二万二一〇〇円

一日当たり一三〇〇円として、その一七日分

(五) 通院交通費 合計二〇万二七七五円

(1) 原告本人分 一七万一二〇〇円

(2) 近親者分 三万一五七五円

(六) 休業損害 四八五万三六三四円

原告は、本件事故当時、科学技術庁に勤務する国家公務員であったが、本件事故による欠勤のため、有給休暇五八日間を採らざるを得なくなったほか、超過勤務ができなくなり、また、特別昇給の機会を失った。これらは、いずれも本件事故と相当因果関係のある損害である。

(1) 有給休暇分 七二万三八四〇円

(2) 超過勤務分 五五万一九一四円

(3) 特別昇給分 三五七万八七〇〇円

(七) 逸失利益 五一八万五〇三七円

原告は、本件事故により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下、「後遺障害別等級表」という。)一四級一〇号に該当する後遺障害が残存したものであり、平成三年の年収額を基礎とし、三九年間の逸失利益を新ホフマン方式により算定すると、右金額となる。

(八) その他費用(文書料、医師等謝礼、郵送料) 四万五一三四円

(九) 物損(傘、バッグ、上着、スカート、時計、靴) 一二万〇〇〇〇円

(一〇) 慰謝料 合計三〇〇万〇〇〇〇円

(1) 入通院慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

(2) 後遺障害慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

2  被告の認否及び反論

原告の損害額、とりわけ逸失利益については、争う。

原告には、原告の症状、訴えを説明するに足りる神経学的、客観的所見は認められず、カルテ上は、早期に勤務可能とされていたものであり、原告の症状は、心因的年齢的要因によるものが大きいと考えられ、原告の症状固定時期は遅くとも平成三年一〇月末日ころであるというべきところ、同時点において、後遺障害別等級表所定の後遺障害は残存していないから、後遺障害逸失利益は、認められない。

第三当裁判所の判断

一  原告の主な治療経過と症状等

1  甲二の1ないし3、三ないし六、乙一の1ないし15、二の1、2、6、8ないし13、三、四、原告本人、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故後、救急搬送され、事故当日の平成三年七月六日宮本脳神経外科を受診し、頭痛、頭重感、項部痛、項頸部緊張感、胸痛、目眩を訴えたほか、左膝内側に皮下血腫、左膝関節痛と運動障害等を訴え、頭部挫創、頭部外傷荒木Ⅰ型(なお、平成三年九月二六日以降の診断書には、頭部外傷荒木Ⅱ型と記載されている。)、顔面切創兼打撲傷、外傷性上門歯動揺、外傷性頸部症候群、左膝・胸部打撲傷と診断され、顔面切創縫合術を受けた。

同病院におけるレントゲン写真上、骨折はなく、頭部CT、脳波検査にも異常は認められなかった。

原告は、同年七月二二日まで同病院に入院し、その後、平成四年六月二七日まで引き続き、通院治療を受け、平成三年九月には天候が悪いときの打撲部の痛みがあることを訴えている。同病院における治療は、入院当初から投薬と温熱治療が中心であった。

宮本脳神経外科の診断書、カルテ中には、次の記載がある。

平成三年七月二六日付け診断書 外来通院可能となり、七月二二日退院、尚、帰郷し温泉療養を認めた。

平成三年八月三〇日カルテ 九月から出社←OK

平成三年九月一六日付け診断書 近々仕事に復帰して治療するようにと言ってある。

平成三年一〇月一〇日付け診断書 復職は仕事を完全にできないと休みたがる。

平成三年一〇月二九日カルテ 仕事は出ている。

平成四年三月三日カルテ 温泉に行きたい(山梨県)

平成四年五月二〇日付け診断書 両耳痛、頭痛、項部、背部、両肩の痛み、両膝関節痛がこの数日強く、休職の必要を認めた(五月二〇日から二六日)。この痛みは自律神経のアンバランスが主因で神経ブロックによる治療が一番効果的だが、これは首に注射をするので協力的でない。

宮本脳神経外科の宮本胤彦医師(以下「宮本医師」という。)作成の平成六年三月二日付け後遺障害診断書には、次の記載がある。

傷病名 頭部外傷荒木Ⅱ型、外傷性頸部症候群、頸部挫創、顔面切創兼打撲傷、左膝・胸部打撲傷、外傷性上門歯動揺

自覚症状 顔面切創後瘢痕(幅一ミリメートル×長さ二センチメートルの線状痕)

醜状痕障害 顔面部 左前額部の切創後線状瘢痕

さわい病院を紹介した海原メディカルクリニックの海原紀子医師作成の平成四年六月三日付け紹介状には、次の記載がある。

全身(とくに背部)痛の訴えの多い患者です。現在千葉県の脳外科で治療中ですが、訴えが多く、神経質なため、医師との接触がうまくいかないようで転院希望されています。

(二) 原告は、平成四年六月三日紹介によりさわい病院に転院し、頸椎捻挫と診断されたが、レントゲン写真に異常はなく、当初からホットパックと頸椎牽引による理学療法が主であり(投薬は薬診が生じたため中止された。)、長期間経過観察中とされ、平成六年一二月二四日まで同病院に通院した。

さわい病院の澤井博司医師(以下「澤井医師」という。)作成の平成六年二月二三日付け後遺障害診断書(甲六)には、次の記載がある。

症状固定日 平成六年二月一九日

傷病名 頸椎捻挫

自覚症状 項部痛、後頭部痛、左大腿部痛 気候、気温により増悪す

脊柱の障害 生理的前弯消失

障害内容の増悪、緩解の見通し 緩解の見通しないと思われる。

(三) その間、原告は、平成三年八月一九日から同年一二月二一日まで腰原歯科クリニックにおいて歯科治療を受けた。

(四) 原告は、法廷において、澤井医師からは、完璧に元に戻ることはない、宮本医師からは、首の曲がりが本件事故によって生じたかどうかはわからないと言われた、現在も天候が悪いときに神経症状が出ると述べている。

2  原告の症状固定時期について

右の事実に、乙四の知見を総合して検討するに、原告にはレントゲン写真のほか、神経学的な異常所見等は認められず、原告の症状は、他覚的所見のない、専ら自覚症状のみを主訴とする頸椎捻挫であると認められるが、原告には治療開始当初から、投薬と理学療法が実施されながら、さしたる効果もないまま推移しており、原告が後遺症の内容として述べる、天候不順の際の疼痛についても、宮本脳神経外科通院中から訴えており、また、甲六により平成六年二月一九日とされている症状固定時期の前後を通じて、さわい病院の治療内容に格別変化もないことから、原告に対する治療には持続性がなく、漫然同様の治療を長期にわたって継続していたことが窺われ、原告は、より早期に症状固定していたというべきところ、原告は、平成三年九月ころから勤務を再開していることに加えて、前記治療経過に照らし、概ね本件事故後一年を経た平成四年六月末日ころ、症状が固定していたものと認められる。

3  原告の後遺障害について

前認定の事実によれば、原告の頸椎レントゲン写真上、異常所見はなく、甲六によって指摘されている、生理的前弯消失についても、それが本件事故により生じたことを認めるに足りる証拠はない上、仮にそれが本件事故後に生じたものとしても、その存在が原告に生じている症状の説明として十分なものであるかは疑問があり(甲六にもその点を前提とする記載はない。)、原告の神経症状としても、天候が悪いときに生じる程度に過ぎないというのであるから、他覚的所見のない不定愁訴というにすぎず、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級表」という。)の一四級一〇号には該当しないというほかなく、他にこれを裏付けるに足りる証拠はない(なお、原告が主張するところではないが、外貌醜状、歯牙障害についても後遺障害等級表の後遺障害に該当することを認めるに足りる証拠はない。)。

二  原告の損害額

1  治療費 認められない。

前認定のところによれば、原告の請求する平成四年一一月以降の分については、被告に負担させることを認めるに足りない。

2  温泉治療費 認められない。

原告本人は、宮本医師から温泉療養を指示されたと述べるが、その趣旨は前認定の経過に照らすと、風呂に入って温めるのがよいと言われたにすぎず、また、単に患部を温めるのであれば、必ずしもそれが温泉である必要はないというべきところ、甲二の1によれば、帰郷の際、温泉入浴を勧められたにとどまり、他にその支出を被告に負担させることを認めるに足りる証拠はない(治療開始当初の温泉治療の必要性が認められない以上、その後についても同様であるから、これに反する乙一の12は採用できない。)。

3  付添看護費 一〇万二〇〇〇円

甲二の1、一七、原告本人によれば、原告の入院中、原告には、歩行障害と目眩があり、医師の指示により付添看護を要する状態にあり、原告の父がその間付添看護をしたことが認められ、近親者の付添看護費は、一日当たり六〇〇〇円と認めるのが相当であるから、一七日間で右金額となる。

4  入院雑費 二万二一〇〇円

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であるから、一七日間で右金額となる(なお、温泉治療における入院雑費は、前述の点からこれを認めるに足りない。)。

5  通院交通費 合計一九万九三六五円

(一) 原告本人分 一六万七七九〇円

甲一八、弁論の全趣旨によれば、右範囲内で認められるが、右を超える分については、これを認めるに足りる証拠がない。

(二) 近親者分(甲一七) 三万一五七五円

6  休業損害 一三万七二五六円

原告は、本件事故当時、科学技術庁(放射線医学総合研究所に出向中)に勤務する国家公務員であり(甲八、原告本人)、本件事故前年の平成二年に合計四五五万五三七六円の給与収入を得ていたところ(甲二〇。一日当たり一万二四八〇円)、本件事故により年次休暇を症状固定とみられる平成四年六月末日までの間に年次休暇を一日(甲三、一一、乙二の9。なお、他は、病気休暇等を使用している。)使用することを余儀なくされたものであり、また、本件事故前、月平均約六時間の超過勤務をして、一時間当たり一七三三円の超過勤務手当を受けていたところ(甲二一、原告本人、弁論の全趣旨)、本件事故による体調不良等から前記症状固定までの一二か月間、超過勤務ができなくなり、実質的に収入が減少したものであり、これは本件事故と相当因果関係のある損害と認められるが、他方、特別昇給の機会を失ったことについては、本件事故以外の要素によるところが大きいことが窺われ(原告本人)、これに反する甲七は、採用できず、他に本件事故との相当因果関係を認めるに足りる的確な証拠はない。

(一) 有給休暇分 一万二四八〇円

12,480円×1日=12,480円

(二) 超過勤務分 一二万四七七六円

1,733円×6時間×12月=124,776円

(三) 特別昇給分 認められない。

7  逸失利益 認められない。

前認定のとおり、原告には、後遺障害等級表一四級一〇号に該当する後遺障害が残存することを認めるに足りないから、その存在を前提とする、逸失利益は、認められない。

8  その他費用 二万一七一〇円

甲二二によれば、原告は、文書(診断書)料として二万一七一〇円を支出したことが認められるが、医師等謝礼については、本件事故による原告の受傷内容に照らし、原告の医師等に対する謝礼の支出を被告に負担させることを相当と認めるに足りる的確な証拠はなく、郵送料については、本件事故との関連性が明らかでなく、支出の必要性を認めるに足りる証拠がない。

9  物損(傘、バッグ、上着、スカート、時計、靴) 一二万六一九五円

甲二四、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告は、合計二五万二三九〇円でバッグ等を購入したことが認められるところ、いずれも実用品であり、原告自身の使用が前提とされているから、本件事故当時の価額は、その二分の一とするのが相当である。

10  慰謝料 合計一二〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、入通院期間、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、原告の入通院慰謝料として、一二〇万円と認めるのが相当である(なお、前述のところから、後遺障害慰謝料は認められない。)。

三  認容額 一八〇万八六二六円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、一八〇万八六二六円及びこれに対する本件事故の日である平成三年七月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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